saikorohausuの日記

急性リンパ性白血病の子との入院生活など

入院生活メモ 子どもの発達編

我が家は生後8ヶ月の頃から約8ヵ月入院した。

0歳後半というと、離乳食、おすわり、つかまり立ち、歩行、発語、、と分かりやすく成長が見られる時期。

でも治療中はどうしても病室(というかベッド上)にこもりっきりになりがちで活動制限されちゃう。薬の副作用もある。

うちの子どももなかなか食べなかったり、全然ハイハイのそぶりもなかったりで。

もちろん、生きてるだけで百点なんだけど。

 

担当医師もちゃんと発達具合を気にしていて、発達に関する心配ごとを聞いてくれた。

必要あれば、栄養士や保育士やチャイルドスペシャリストのサポートを得られる。

小学生や中高生は院内学級があったり、思春期の子たちが「しゃべり場」的に使える部屋もあった。

 

ということで我が家の場合どんな風にしてたかをメモ。まあ大したことはできないんだけど。

総じて言えることは、ああしたいこうしたい困ってる、ということはちょくちょく病院のいろんな人に言っていくといいです。

 

■離乳食

入院前、具合が悪いのかなと気づいた頃から中々食べなかった。もともとの成長が遅かったのか、病気のせいかはわからないけど…。

病院食はきっちり月齢通りの離乳食だったので到底食べられなかった。

ということで病院の管理栄養士に相談して、かなり初期の離乳食に戻してもらい少しづつ様子を見ていくことに。

時々栄養士が食べる様子を見に来てくれて、口の動きを見て、段階的に離乳食を進めて行った。

あとはお味噌汁があるとご飯やおかずと混ぜて食べやすくできたので、オプションで毎食追加でつけてもらった(※追加料金だが自分でいちいちインスタント作るより絶対おすすめ)。

という感じでぼちぼちやって、1歳過ぎた頃にはまあまあ離乳食メインで栄養とれてる感じになった。

 

■言葉

病室は本当に静かで限られた狭い世界。親がいくら実況中継でしゃべり続けても限界がある。頻繁に廊下に出たりできればいいけども…。

なので、日中はラジオやテレビ録画(ポータブルのを持参)やタブレット動画を流しっぱなしにしていた。親もつきっきりだと疲れるしね。

そういう動画や絵本や音の出るおもちゃでよく遊ぶせいか、入院中の子たちを見ると数字やアルファベットを早いうちに覚えてる子が多いように感じた。

先生や看護師さんやお掃除のおばちゃんやクラークさんが部屋に来るたび、

おしゃべりしたり相手してくれるのもありがたかった。

 

■運動

ハイハイも歩くのも、ベッド上だと狭いし、フワフワしていて踏ん張れないし、そもそも意欲がわかないみたい。

かといって自宅と違うので床は不潔エリアだからうっかり手をついてしまうのも嫌だし、

靴を脱いで遊べるプレイコーナーは血液検査の数値が基準値をクリアしないと入室できなかった。

なのでうちが使ってたのは歩行器。歩行器って股関節云々~で賛否あるけど、関節に負担がかからないように座面を低く調整して床に足の裏がくっつく(股でぶらさがらない)ようにした。そこに座らせて、たっちの練習をしたり、お散歩したり。

これだと転ぶリスクもほぼなく、点滴がついていても楽に子どもをハンドリングできる。

院内の靴はみんなそれぞれ。

ニューバランス、プリンセス風の靴、幼稚園の上靴、クロックスなど。

基本、裸足。

 

■外泊

外泊と言って、身体の状態を見て自宅に戻れる日があった。

保護者の考え方によっては外泊せずに少しでも早く治療を進める、感染症リスクを防ぐという選択肢もある。うちも当初は一刻も早く治療を終わらせたいと思っていたが、たった1泊でも自宅に戻ると一気に活発になって成長の刺激になっていた。特に、きょうだいと接すするのが良かったと思う。やっぱり子どもは子どもを見る。

次のステップの足掛かりになっているのが実感できたので、

治療の合間などに外泊できるなら積極的にしたいと担当医にアピールするようにした。

 

子どもの発達面でのメリットだけでなく、親のストレス軽減という意味でも外泊は大切。付添や仕事や上の子どもたちの世話をどうやりくりするか考える(そして職場や祖父母、親戚に無理をお願いをする)ストレスというのはずっしりと私たちの無意識に常に乗っかっていたようで、いっときでも解放されると本当にほっとした。

 

あとは上の子たち(まだ4歳、3歳だった)の心の安定のため。

親が2人一緒にいることがなくなったり、急に祖父母宅に預けられたり、きょうだいがいきなりいなくなって病院にいるんだか何だか存在があいまいになってきていたりして。

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そんな感じかなー。

もっと働きかけができたんじゃないかと今なら思うけど、

日々を過ごしていくだけで頭が全部溶けていってた気がする。

記憶がないとはまさにこのこと。

 

退院時は1歳4か月。そこからひと月くらいして歩けるようになった。

抗がん剤ですっかり抜けた髪の毛も退院後3週間で生えてきた。

どんどん言葉が増えて、きょうだいでダンゴになって遊んだり喧嘩したりしてる。

月齢相当だなー。

翌年度は幼稚園も入れることになった。